※この記事では、私の経験と、これからやりたいことについて書いています。
まとまりのない文章かもしれませんが、ぜひ最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
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まず、このSubstackでは今後「周産期グリーフ」を軸に発信していこうと思っています。
私は2023年、妊娠39週で長男を死産しました。
その1年後に次男を出産し、今は次男を育てながら生活しています。
仕事をして、子どもと遊んで、笑って、ごはんを食べて。
周りから見れば、ごく普通に生活しているように見えると思います。
長男を亡くした直後と比べれば、生活も気持ちも大きく変わりました。
それでも、長男がいないことまで「過去」になったわけではありません。
子どもを亡くしたあとも、生活は続きます。
悲しいだけではありません。
笑う日もあるし、幸せだと思う日も最近はある。
それでも、その生活の中には今も長男がいます。
そして私は、長男を亡くしてから初めて知ったことがたくさんありました。
流産や死産を経験した人が、その後どんな生活をしているのか。
どんな言葉に傷つき、どんなことに救われるのか。
そもそも「グリーフ」とは何なのか。
私自身、経験するまでほとんど知りませんでした。
悲しみとともに生きる中で、支えになったのは、同じような経験をした人たちでした。
SNSで出会った人たちに、私は今も助けられています。
そして最近では、私自身も当事者団体のお手伝いや、周産期グリーフケアに関わる活動に携わる機会が増えてきました。
そんな中で、少しずつ思うようになりました。
当事者同士で支え合うことだけではなく、当事者ではない人にも、この世界を知ってもらいたい。
流産や死産は、経験するまで知らないままでも生きていけます。
でも、本当は身近なところに経験している人がいるかもしれない。
普通に仕事をしている人も、子どもと笑っている人も、その人にしか見えない喪失を抱えているかもしれません。
まずは「こういう人もいる」と知ってもらうこと。
それだけでも、社会の中で交わされる言葉や、人との関わり方は少し変わるのではないかと思っています。
そして私には、自分の命が終わるまでに叶えたいことがあります。
それは、妊娠中に亡くなった子どもたちの存在が、今よりも社会や制度の中で認められるようになることです。
死産の場合、その子が出生した子どもと同じように戸籍に残るわけではありません。
私にとって長男は、確かに存在していた家族です。
それでも、親として感じている「この子は私の子ども」という感覚と、制度上の扱いとの間には大きな隔たりがあると感じています。
この隔たりは、子どもを亡くした悲しみの中で、さらに苦しさを感じる場面にもつながります。
すぐに何かが変わるとは思っていません。
そこにたどり着くまでには、たくさんの段階が必要だとも思っています。
だから、その小さな一歩として。
このSubstackでは、当事者以外の人に向けても発信していくことにしました。
周産期グリーフのこと。
子どもを亡くしたあとの生活。
悲しみとともに生きるということ。
そして、そこから見えてくる社会のこと。
私が活動を続ければ、出会う人も、知ることも、書けることも増えていく。
発信することで知ってくれる人が増え、知ってくれる人が増えることで、また次の活動につながっていく。
そんな循環を、この場所から少しずつ作っていけたらと思っています。
これまでこのSubstackを読んでくださっていた方にとっては、これまでとはかなり違う発信になると思います。
それでも、ここからまた見守っていただけたら嬉しいです。
そして、これをきっかけに初めて私を知ってくださった方にも、これから一緒に「喪失」や「グリーフ」について考えていただけたら嬉しいです。
8月25日から、ここで新しい発信を始めます。



